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トマトラボラトリー

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Author:さと
トマトが好きな物書き大学生です。
目下の悩みは「一人暮らししたらトマトをどうやって補給しようか」

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2014.08
13
Category : 日記
夏休みです。
ペルセウス座流星群は曇りで残念ながら見れなかった。去年は祖母の家で見たんだったっけ。
でもスーパームーンは無事気付くことができてよかった。見たらそうだったって思い出すくらい明るかった。月明かりって相当だよねえ。
誰もがそうだとは思うけれど、心に余裕のない時は空を見る余裕がありません。
テスト期間は自業自得ながら徹夜まがいのことを続けていて、テストが終わって数日たってから「久々に空を見たな」と思いました。非常に分かりやすい指標。
今期はめでたく再試を回避したということで、後期はさらに頑張りたいと思います。夏休みもやることたくさんだけれど、入試がさっさと終わったせいで人間辞めるはめになった私にとってはありがたいことです。
また部活もりもりな期間に突入するなあ。序盤で痛みに耐えながら作ったこの皮をなんとかして合宿まで持たせなければならない。
加えて、この夏休みは自動車の免許を取ろうかなと思って教習所に通っております。
運転の素質ほんとにないと思うけれど、そこは想像力でカバー…できるのだろうか。

先日、高校の友人たちに会ってきました。
台風直撃のせいで、友人宅でマンガ読んで昼寝して…という旅行先とは思えない行動をしていたのですが、それでも楽しかったです。
特別な場所で日常を謳歌するというかね。付き合ってくれた友人たちには感謝してもしきれません。
小さいころから通っていたお店のごはんをビールと共に食べれたりもして幸せでした。ビールおいしいです。(はたちになった)
ずっと同じ立場だって友人たちも、今では大学名をしょい、それぞれ目指す道を見つけたり部活を心底頑張ったり、全く違う場所にいます。
私からしたら、すごくうらやましい、というよりは劣等感めいたものに繋がったりもするんですが、じゃあ真似をしたいかと言われるとそれは違うわけで。高校のときに同じところに居て、目指すものがあって、努力していた彼らがのびのびと生きている今を心から応援しています。
じゃあ私はどうしたいんだろうなあ。小さい頃の自分の声だけ耳の中で響かせて今ここにいるわけだけれど、それは正しかったのか。楽しいは楽しいです。
大学生になって「人生とは可能性を捨てていくことの連続だ」の意味が痛切に理解できるようになりました。今までは「そりゃそうだろ」って感じでした。
才能とは別にして、もう絶対になれないものがごろごろ転がっていることを今更自覚しました。
そこで焦って自分に「お前は何がしたいんだ?」って聞いてもよくわからないし。だから友人たちがさらに眩しく見えてしまう。
「お金を稼ぎたい」が強いモチベーションにならないのは、私のいる環境が幸せそのものだからなんだろうな。
お金を貰いたいわけじゃなくて、「自分の活動に見合う報酬としてのお金を貰いたい」という感じか。「お金がたくさんもらえる=自分すごい!」っていう頭悪そうな図式です。
何なら自分すごい! ってなるのか、って考えても、私自身はいてもいなくても関係ないわけで。私じゃなきゃできないことなんてその辺にはない。でもな~~と考えがぐるぐるする。自分は特別な存在だと思いたい、典型的な中二病だ!


大学生の夏休みそのものみたいなまとまりのない日記を目指してみました。
夏休みそのものも、あと何回あるんだろう。もっとアホなことをしたいです。アホってわかっちゃ意味ないけど、それでも。
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No title

「可能性という言葉を無限低に使ってはいけない。我々という存在を規定するのは、我々のもつ可能性ではなく、我々がもつ不可能性である。」という四畳半神話体系の中の言葉を思い出しました。
自分にしかできないことなんて無いなら好きなことやればいいんですかね。私もそこらへん、ずっと考えているけどよく分かりません。

Re: No title

>みずしらさん
コメントありがとうございます。

何かになれる可能性がどんどん削られていって、一人の私になるのかなあ…。

世の中に対しての自分はこんなに小さいのに、自分の中では自分が大き過ぎて、そのギャップを誤魔化していくのが難しいです。
どこかの道を選ぶのに許可は要らないのでは。その道に踏み込めることそのものが資格なのだろうな、と、臆病者の私は思っています。